史料集:レーダー
カテゴリ:レーダー
南部は1942年東京帝国大学理学部物理学科を戦時早期卒業する。すぐさま徴兵され、宝塚にあった陸軍の研究施設にレーダー部門の研究員として配属される。南部に課せられた任務はレーダー開発に関する情報の収集であった。当時、海軍は東京の施設で、陸軍は宝塚の施設で、お互い独立に開発研究を推し進めていた。南部は大阪や東京に在住の物理学者から電磁波発生装置や導波管の設計に関する研究報告を集めている。この間の経緯については、史料 OU-essay-B7, 「日本物理学の青春時代」(page 6 ~ page 7) の中でも述べられている。
南部はこの時集めた情報ノートを「立体回路」としてまとめて保存していた。戦時中は「極秘」扱いされていたものである。その一部をここに公開する。この中には永宮健夫、高橋秀俊、朝永振一郎、宮島龍興、松本正、小谷正雄の研究ノートも含まれる。南部先生がのちに語ってくれたのには、「日本のレーダー開発は稚拙なもので、陸軍がやった海岸でのテストでは全く役に立たなかった。アメリカやイギリスの技術に遥に及ばなかった」とのことである。
2010年ごろ筆者は南部先生から「立体回路」に納められている史料に興味はないかと尋ねられたのだが、当時余裕のなかった私は申し出を辞退してしまった。今にして思えば、戦時中の科学者の生き様、苦悩についてもっと聞いておけばよかったと思う。戦争中、多くの科学者が戦時研究に駆り出されたのだが、「立体回路」史料を読むと、戦時研究をやりつつもそれを一部純粋研究に変容させる科学者の二面性が垣間見られる。この両面性は史料 OU-memoir-D2,「Science, Two Cultures, and Postwar Japan」でも触れられている。苦しい時代であったが、一つ朗らかなこともあった。宝塚の研究所で南部は智恵子夫人と出会った。後年、南部先生のシカゴの自宅で夜遅く楽しく語らっていた時、南部夫人は冗談混じりで、宝塚で初めて出会ったときの南部先生は「今よりずっと凛々しかった、だから惚れた」と。(文:細谷 裕)
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一覧(レーダー)
| 管理 No | 史料名称 | カテゴリ | 詳細 |
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| OU-radar-E7 | 戦研 20-28 | レーダー | 詳細 |
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| OU-radar-E11 | 多端子空洞(宮島龍興) | レーダー | 詳細 |
| OU-radar-E12 | 矩形導波管(永宮健夫) | レーダー | 詳細 |
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| OU-radar-E14 | 20-28号戦時研究概要報告資料2 | レーダー | 詳細 |
| OU-radar-E15 | 空中線理論(松本正) | レーダー | 詳細 |
| OU-radar-E16 | 磁電管Impedance(小谷正雄) | レーダー | 詳細 |